東日本大震災から9年

今日2020年3月11日で東日本大震災から9年もの年月が経つ。
当時の記憶は今でも鮮明に覚えている。
2011年3月11日、東北にある高校の学生だった僕は家にいた。
受験生による高校受験のため学校が休みだった。
家でボーとして過ごしていたが、14時46分日本が変わった。
棚から今にも飛び出して来そうな食器達。
悲鳴をあげながら上下に激しく揺れるガラスコップ。
波打つ地面。
経験したことのない異様な世界の様子は僕の記憶に深く刻まれた。

あれから僕は成長できたのだろうか

東日本大震災から9年の歳月が経ち、高校生だった僕も今では社会人となった。
この9年間色々なことがあり、多くの経験を積んだ。
きっと当時に比べると強くなり、大人になれたのだろう。
しかし、人間的に成長できたかと問われたら、首を縦に振ることはできない。
特に対人面においてのスキルは当時と全く変わっていない。
いや、むしろある種の諦めのせいか当時よりも落ちている気がする。
当時から対人スキルにおいて危機感を抱いていたので、いろいろチャレンジはして来た。

・複数のサークルに参加する
・バイトで老若男女多くの人に接する
・コミュニケーションセミナーに参加する
・旅に出る

しかし、どれも対人スキルの成長には生きなかった。
そして、気づいた。
圧倒的に会話能力が無い。

できることで成長していく

ASDの診断を貰った今、会話能力がない理由はあらゆる物事に関心がないためだと自己分析している。
正直、0に等しい会話能力を上げていくのはかなりコスパが悪く難しいと思う。
それよりも好きなこと、興味のある得意分野を伸ばしていく方が効率が良いし、ASDの観点から見てもその方がやりやすいと思う。
社会性の動物である人間にとって、対人能力は生きる上で必須だろう。
しかし、奇跡的に現代はネットのおかげでスキルさえあれば引きこもっていてもなんとか生きていける可能性がある。
そのスキルとはプログラミング等のスキルである。
僕みたいな人間にとっては、引きこもりながら生きていくのが現代において最適な手段だと思っており、そのためのスキル育成が重要だと感じている。

これから

被災地では巨大堤防の完成、仮設住宅から災害公営住宅への転居、富岡駅〜浪江駅の開通による常磐線の全線運転再開など着実に復興が進んでいる。
震災前と姿形は大きく変わってしまったが、今の被災地の姿を見ると前に進んでいこうする東北・人間の底力を感じる。
不謹慎だが、東日本大震災は当時の自分を思い出すキッカケとなっている。
そして毎年3月11日になると、当時の自分と比較して成長できているかを確認している。
被災地や人のためになりたいのような大それたことは言えない。
ただ、自分ができる分野・範囲で努力していき、必死に生きていく。
その過程で、東北や被災地に僅かにでも貢献できるものがあれば幸甚だ。
当たり前のことであるが、来年の今日は震災後10年という節目を迎える。
来年の3月11日には今の自分よりも、さらに言えば9年前の僕から見てもずっと成長したと思えるように自分にできる範囲で頑張っていきたい。

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